雲州そろばん最中:島根県奥出雲町

高品質の雲州そろばん

加茂岩倉遺跡へ行く前に、宍道駅からJR木次線で1時間半の奥出雲町へ行ってきました。1両編成の電車はバスのように整理券を取って運賃箱に料金を入れる方式!山の中の草木の間を縫うように進み、視界が開けると仁多米の棚田が広がり、途中トロッコ列車の「奥出雲おろち号」とすれ違いながら横田駅に到着。

坂道をダッシュして閉館時間が迫っている「たたらと刀剣博物館」へ。いつもは展示されている日本刀が神楽で使用中の為見られなかったのですが、天秤たたらの復元模型でたたらを踏む体験に挑戦!要領が悪いのか膝への負担が半端ないです。4~5回で終了。この後「そろばんと工芸の館」を訪問し、そろばん最中を購入。

雲州そろばん最中

そろばん玉の形をした最中4個が箱に入っています。少し粒が残るくらいのなめらかな餡は程よい甘さです。30年くらい前から地元の和菓子屋さんが作っていると、そろばん協業組合の方が言っていました。

たたら製鉄とそろばん

「質の雲州そろばん」と言われますが、たたら製鉄でできる良質な刃物と、硬い木をくり抜いて作るそろばん玉の製造が結びついて、雪深い奥出雲の冬の間の産業として発展したのだそうです。下の写真はたたら博物館の八岐大蛇のオブジェです。

八岐大蛇オブジェ

夕食で行った料理屋のご主人がいろいろ情報をくれまして、木次線には日本で3か所しかないスイッチバックがあって、景色のいい所でしばらく停まるとか。他にも巨石の景勝地や映画の撮影場所、おろちループ、自然博物館のナイトミュージアムなど、今回は無理でしたが時間があれば行ってみたかったですね。

雲州そろばん最中

そろばんと工芸の館 島根県仁多郡奥出雲町下横田76-5 0854-52-0839 1・2月の日曜休 4個入り810円
以前は透明袋に5個入りでした。作っているのは松浦商店で、横田駅前の店はやめてしまったようですが、おろちループの道の駅でも販売しているようです。

銅鐸最中加茂いわくら:島根県雲南市

入れ子の銅鐸など39個

宍道駅からJR木次線に乗って、やって来たのは加茂中駅。他に乗降客は無く、寂しい駅でしたが、駅長さん(?)が親切にもタクシーを呼んでくれて、加茂岩倉遺跡へ向かいました。

まずは遺跡のガイダンス施設に立ち寄ってレプリカを見学。発掘当時の様子のビデオでは全国からやって来た見学者の長蛇の列にびっくり。今は他に見学者は無く、館長さん(?)が丁寧な説明とお茶のサービスをしてくださいました。出土した39個のうち、13組が中型の中に小型の銅鐸が入っている入れ子の状態だったそうです。遺跡を見た後はタクシーで最中屋さんへ。

銅鐸最中加茂いわくら

入れ子の銅鐸を表現したという最中は、程よい甘さの餡に弾力のある厚めの求肥が入っています。お店は和洋両方のお菓子を販売していて、背高帽子を被ったパティシエのような方が出てきてちょっとびっくりしました。

荒神谷遺跡との関係は?

農道の工事中に全国最多となる39個の銅鐸が見つかったのですが、やはり全国最多の銅剣が埋められていた荒神谷遺跡から直線距離で3.4kmと近く、×印のついたものが両方の遺跡から出土したこともあり、この2つの遺跡の関わりが研究されているそうです。

加茂岩倉遺跡

発掘された銅鐸は島根県立古代出雲歴史博物館にありますが、加茂には岩倉遺跡の他に、三角縁神獣鏡が出土した誰のものかわからない石棺や、元旦に岩の中にいる金の鶏の鳴き声を聞いた人は幸せになるという金鶏伝説の大岩もあります。

銅鐸最中加茂いわくら

菓子工房たてたに 雲南市加茂町東谷88-2 0854-49-7020 不定休 1個130円
JR木次線の加茂中駅と加茂岩倉遺跡の中間で、駅から歩くと20分ほどかかります。出雲神話街道(国道54号)沿いで、宍道からは約10km。駐車場10台あります。

弥生銅剣:島根県出雲市

荒神谷遺跡の銅剣

日本全国で見つかった銅剣はおよそ300本でした。荒神谷で大量の銅剣がみつかるまでは・・・。ということで出雲市の南部、山陰道の斐川インター近くにある荒神谷遺跡に行ってきました。

夏には古代の蓮の種から再生した二千年蓮を見に多くの人が訪れるとのことですが、この日は数人のみ。予約してなかったのですが、ボランティアガイドさんが遺跡を案内してくれました。銅剣が果たした役割や、銅剣が不要のものとなって埋められたことに気候変動が関係している推測などとても興味深いお話が聞けました。

弥生銅剣

銅剣の形の皮種には、最中としては珍しい餡が入っています。小豆を炊く途中で皮を剥いで炊きあげ、こし餡にした皮剥餡(出雲地方では朝汐餡という)に、皮付きの小豆粒が少し入っています。まったりした食感の甘めの餡。

その数358本!

それは昭和58年(1983年)の広域農道の調査で須恵器の欠けらが見つかったことから始まりました。調査を始めて2日後に銅剣を発見。次々に土の中から銅剣が現れ、一旦調査を中断。全国から専門家を呼び寄せ、調査体制を整え直し発掘再開。最終的に銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土したのでした。

荒神谷遺跡

発掘された銅剣は島根県立古代出雲歴史博物館にありますが、荒神谷博物館をのんびり見学。ミュージアムショップでは銅剣の箸置きを購入しました。神々をイメージしたブレンド茶やここで収穫された古代米、意外と知らない出雲神話を面白く紹介した絵本などもありました。

弥生銅剣

福泉堂 出雲市斐川町直江1978-4 0853-72-0078 日曜午後休 1個135円
国道9号と山陰道の斐川インターが交差する「荒神谷入口」交差点近くで、地図で見ると9号沿いですが、入口は道1本入ったところです。駐車場あります。

大橋もなか:島根県松江市

源助さんを悼んで

松江城と松江駅の中間には宍道湖と中海をつなぐ大橋川に4つの橋がかかっています。左の宍道湖側から、宍道湖大橋、松江大橋、松江新大橋、くにびき大橋です。このうちの松江大橋の名が付いた最中があるのですが、何でこの橋?と思ったら、そこには悲しいお話があったのです。

松江城築城に際して資材を運び込めるよう、それまでの竹の筏の橋を大きな木造の橋に架け替えることになりました。ところがこれが難工事で何度も失敗するため、水神の怒りを鎮めるため人柱を立てることになったのです。朝一番に通りがかった足軽の源助が捕らえられ、生きたまま橋脚の下に埋められました。そうしてこの犠牲のうえに松江大橋は完成したのです。

最中の形は現在の松江大橋の欄干の親柱です。最中の厚さが薄めで、餡もほどよい甘さなため、軽く食べられます。旅行者だと気づいたお店のお母さんが、日持ちするパック入りのものを奥から持ってきてくれました。

昭和の源助さん

橋の南詰には小さな公園があり、供養碑が2つ立っています。ひとつは源助さんで、もうひとつは昭和12年、現在の大橋建設の際に事故で命を落とした深田技師のものです。源助柱の近くで起きた事故だったので、当時の新聞は昭和の源助さんとしてこの事故を伝えたそうです。

今の松江大橋は17代目ですが、風情ある佇まいです。欄干には擬宝珠が、歩道には見晴らし台の張り出しがあり、夜には灯篭に明かりが灯ります。なんでも現在松江大橋付近の護岸嵩上げの計画があり、もしかしたら18回目の架け替えが行われるかもしれません。

大橋もなか

豊月堂 松江市横浜町66-1 0852‐21‐3795 日曜午後休 1個120円
国道9号沿いで、駐車場は店の隣に1台分あります。店から出て左の竪町交差点を左に曲がり、途中で一方通行をちょっと斜めに入って、そのまま行くと松江大橋に辿り着きます。