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「最中は語る」へようこそ!

9月19日:台風が去って少し涼しくなったら、最中旅を再開します。最中テーマ別一覧は「情けの塩」まで更新済みです。

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最中は語る―テーマ別一覧

深海もなか:静岡県沼津市

最中のオフシーズンではありますが

旅の仲間が、某自動車メーカーの夏休み謎解き企画で沼津に行くというので便乗しました。沼津と言えば深海魚ですが、小説家の芹沢光治良の故郷でもあり、狩野川には渡し舟もあるということで楽しみに出かけました。

まず狩野川河口の伊豆半島側にある我入道(がにゅうどう)公園へ。旅の仲間が謎解きをしている間に、芹沢光治良記念館を見学。文学者の記念館なので展示物は地味でこじんまりとした館内なのですが、ひとりでのんびり見ていたら昼時にもかかわらず次々に見学者がやって来ていました。その後すぐ近くの牛臥山公園と沼津御用邸記念公園を回って、水族館や海産物の店が建ち並ぶ沼津港で昼食を注文し、料理を待つ間に最中を購入。

64.深海もなか

シーラカンスの皮種に自分で餡をはさむタイプの最中です。粒餡と富士山抹茶こし餡の2種類があり、程よい甘さの柔らか餡です。バラ売りは化石ブラウンと名付けられた焦がし種のみですが、箱入りや紙コップ入りは深度毎のイメージのカラフルなセットです。

日本一深海に近いまち

駿河湾は深度2500メートルと日本一深く、2位の相模湾との差はなんと1000メートル。沼津市は駿河湾の奥に位置するのですが、駿河トラフが湾の奥まで延びているため多くの深海魚が獲れます。タカアシガニで有名な戸田(へだ)港には駿河湾深海生物館があり、深海魚撮影会も開催しています。沼津港には深海水族館シーラカンスミュージアムがあり、みなと新鮮館前の通りは観光客でごった返していました。

64.我入道の渡し

楽しみにしていた狩野川の我入道の渡し船ですが、8月は運休でがっかり。猛暑が落ち着いたらまた来ましょう。我入道は芹沢光治良の生まれ故郷で、自伝的小説「人間の運命」の幼少期はこの地が舞台になっています。網元の家に生まれますが、両親が新興宗教に全てを捧げ、出て行ってしまいます。大正から昭和前期の戦争や関東大震災、スペイン風邪の時代の読み応えがある13巻前後の大長編です。上の写真は沼津港側から見た我入道の渡し場付近の狩野川です。

深海もなか

しーらかんすCafe 静岡県沼津市千本港町128-1 沼津みなと新鮮館内 055-963-1515 火・水曜定休 1個300円 カップ2個700円 箱4個1500円 箱8個2800円
沼津港に隣接するショッピングモール内にあります。深海もなかがトッピングされたソフトクリームや、最中をマカロン風にアレンジしたスイーツが売りの、行列ができるカフェです。モール前が無料駐車場になっていますが、すぐ満車になります。

情けの塩最中:新潟県上越市

敵に塩を送る

十日町市からほくほく街道を西に進み、山を抜けて上越市にやって来ました。埋蔵文化財センターが5時に閉まるので、それまでに御城印をもらわねばならぬということで、脇目も降らず市街地を通りすぎて春日山城の麓へ。なんとか4時50分に到着。中の展示を見ることはできませんでしたが、明日も予定が詰まっているので致し方ないのです。

春日山城は上杉謙信の居城で、文化財センターの前には謙信の騎馬像が立ち、街中には謙信の名を冠した通りがあります。時々信玄と言い間違えるので上越市の人に怒られそうですが、けんしん・しんげん、似てないですか?姓から言えば間違えないのですが・・・。その信玄が北条と今川から塩の流通を止められた際に、両氏からの要請を無視したのが謙信公です。「敵に塩を送る」の故事です。これを誇りに思う上越市にはこんな最中があります。

63.情けの塩最中

むしろで袋を作り、塩を入れて縄で結わえた「塩かます」を模った最中です。ふっくらした形の皮種に程よい甘さの大納言餡と求肥が入って食べ応えがあります。ばら売りは無く、5個パックで1080円。5個と10個の箱入りもあります。

春日山全てが城

天守も石垣も無かった春日山城は天守好きの人には物足りないかもしれませんが、山全体が城であり、麓からは全貌が見えないという秘密基地に通じる魅力がありますね。息を切らしながら本丸にたどり着くと上越の街並みが一望できます。この山に主立った者の屋敷もあったそうで驚きますが、一番驚いたのはこの高さの二の丸に井戸があることです。地質によりサイフォンの原理で水が湧くそうで、直径10mの大井戸は今も水を湛えていました。

63.春日山城より眺望

翌朝は日本にスキーを伝えたレルヒ少佐の像を見てから高田城へ。本丸跡は学校になっていますが、三重櫓が復元され内部は資料館になっています。外堀と内堀の間は美しく整備された公園で、水と緑に三重櫓が映えます。桜や蓮の時期もたいそう美しいようです。さて、この後南下して長野県の飯山市に行ったのですが、目当ての「一本づえスキー最中」は製造終了でがっかり。同行のスキー愛好者がレルヒ少佐のグッズが欲しいと言うので、妙高新井の道の駅まで30kmほど戻り、ゆるキャラとなったレルヒさんのグッズを買って帰りました。

情けの塩最中

かなざわ総本舗 新潟県上越市稲田4-11-5 025-522-5500 無休
高田城の北から関川を渡る橋と上新バイパスの中間。上杉謙信や直江兼続に因んだ和菓子が中心です。一番人気の出陣餅は信玄餅に似ていますが、よもぎ餅です。店内に甘味処があり、かき氷やあんみつなどが食べられます。駐車場は広いです。

土器ドキ最中:新潟県十日町市

火焔型土器と雪と縮の町

太助とあおに別れを告げて向かったのは新潟県。谷川岳を過ぎると道路脇には解け残った雪溜りが出現し、あっちにもこっちにもと驚いているうちに十日町市に到着。今回の旅企画の中心である十日町市博物館へ!

2年前の2020年に新築再開館しました。雪と信濃川の展示室では再現された昔の家の中にはいったり、織物の歴史室では柄や色を選んで着物に仕立てるシミュレーションをしました。メインの縄文時代の展示室には土器の立体パズルや触れるレプリカがあり、子供たちも楽しめます。縄文人のアバターを作るコーナーでは衣装を選んで顔を撮影すると、パネル画面の縄文村にアバターが現れて猪を仕留めたり魚を獲ったりするのですが、縄文人がみんなマスクをしていて笑いました。

62.土器ドキ最中

火焔型土器の最中は十日町産こがねもちを使用した皮種に、程よい甘さの少し固めの小豆餡が入っています。包みの模様は十日町名産の縮の着物で、5種類ありますが中身は同じです。地元高校生の発案によりできた最中です。5個入りと10個入りもあり、連休以外は予約したほうがいいようです。博物館のショップでも買えます。

新潟県初の国宝

縄文展示室の中には国宝展示室があって火焔型土器や王冠型土器が展示されています。笹山遺跡で発見された火焔型土器14点を含む57点が新潟県初の国宝に指定されています。展示物はフラッシュを使わなければ撮影できます。中央の展示ケースには2点の火焔型土器が一カ月交代で展示されていて、この日は高さ46.5cmの縄文雪炎(じょうもんゆきほむら)と呼ばれる国宝指定番号1でした。

62.国宝火焔型土器「縄文雪炎」

なんだかテンションが上がって、旅の仲間とともにミュージアムショップであれこれ買い込んでしまいました。さらに道の駅で笹団子など買い、信濃川を渡って西へ。途中で蒲生の泥火山を見学。とても小さいものですが、全国的に珍しいそうで、時折泥が湧き上がり、辺りにはガソリンのようなにおいが漂っていました。県道に戻り、すぐ先の儀明の棚田を眺めてから上越市に向かいました。

土器ドキ最中

木村屋 新潟県十日町市駅通り98番地1 025-752-2280 無休 1個160円 箱入り10個1810円
十日町駅の東口から駅通りを150mほど。パイ生地の饅頭やフリアン、パウンドケーキなどの他、柿の種の量り売りもやってます。妻有ショッピングセンターに支店があります。本店は駐車場はありませんが、お茶がいただける休憩スペースがあります。

多助俵最中:群馬県沼田市

「沼田城下の塩原太助」

群馬県の上毛かるたの「ぬ」です。沼田藩の領地だったみなかみ町出身の塩原太助は、貧しさから抜け出して江戸で炭屋となって大成功した立身出世の人物です。太助と多助で字が違うという謎は後ほど解説しますが、まずは旅の様子を。

沼田インターのすぐそばに店があるので、まず最中を購入してからみなかみ町へ行く途中に沼田城址に寄りました。石垣が少し残るのみで今は公園になっており、復元された本丸太鼓櫓と、真田信之と小松姫の像があります。最中といっしょに買ったみそ饅頭(餡が入っていない饅頭を串に刺し、甘いみそだれを付けて炙ったもの)を食べてから散策しました。城の北西は急斜面になっており、眺望が楽しめました。

61.多助俵最中

包み紙には多助、皮種には太助と書かれた炭俵の形です。練り気味の少し甘めの小豆餡がたっぷり入って満足感があります。ばら売りの包みは袋型ですが、こちらの3個パックは炭俵の形に包んであります。

塩原多助一代記

太助は義母に虐められふる里を追われましたが、江戸で炭屋に奉公し、真面目な働きぶりで主人に認められて店を出すことができました。炭の量り売りを始め、炭粉を固めた新製品を発売するなどして成功を収めました。その後も簡素な暮らしを続け、常夜燈の設置や寺社への寄進などで世の為人の為に財を使いました。後にこれに感激した三遊亭圓朝によって落語の人情噺「塩原多助一代記」が創作され、大人気を得て出版物や歌舞伎にもなりました。戦前には教科書にも載っていたそうです。フィクション部分が多いので本名の太助を多助に変えたという訳です。

61.太助とあおの像

みなかみ町の塩原太助翁記念公園には、渋沢栄一揮毫の記念碑の横に多助と愛馬あおの像があります。多助の命を救った愛馬あおとの別れの場面です。あおはこの時涙を流したといいます。また、あおは多助の命を狙った者が誰かわかっていて後に復讐を遂げるのです。すごい、すごすぎる。実はこの場面は創作で、あおがいたかどうかもわかりませんが、あおを繋いだ木というのが3か所ほど伝わっているようです。

多助俵最中

大丸屋製菓太助庵 群馬県沼田市横塚町1366-3 無休 0278-22-2489 1個160円 3個パック580円
沼田インターのすぐ近く、ケンタッキーFCの隣です。どら焼きや羊羹、練り切りなどがあり、群馬名物のみそ饅頭(焼きまんじゅう)は注文を受けてから焼きます。4連なので1串買おうと並んだら前にいた地元の人は10串買っていました。駐車場広いです。みなかみ町の太助公園前にはこの店のドライブインがあります。