難攻不落の山城
こんなご時勢なのでハイキングに行こうということで高天神城にやって来ました。十数年前に訪れた時は人影は無く、道案内の看板なども小さかったのですが、続日本100名城に選ばれて、駐車場が整備され、見学者も続々とやって来ていました。高天神社の参道になっている搦手(からめて=城の裏)側は駐車場が広いのですが、正面の追手門(おうてもん=大手門)から入城しました。
曲輪や櫓跡からの眺めはいいのですが、その外は木々に隠された断崖。落ちたら登ってくるのは不可能です。荷物落下注意!急坂を上ってやっとたどり着いた本丸には元々天守は無く、今はいくつかの石碑があるのみです。御前曲輪には一時期建っていた模擬天守のコンクリートの基礎が無粋にも残っています。搦手側に下りると、行く手に見上げるような石段が現れます。高天神城が廃城になってからも地元の人の心の拠り所となっていた高天神社です。その天神社の梅の紋が最中になったのがこちら。
梅の紋に高天神の文字が入った最中です。程よい甘さの小豆餡と、抹茶の味が濃い抹茶餡の2種類。包みには石垣の模様がありますが、高天神は中世の山城ですので石垣ではなく土塁が築かれています。以前は2軒の店で買うことができましたが、近いほうの店は廃業してしまいました。
信玄が落とせなかった高天神
鎌倉時代に砦が築かれたと伝わっており、今川没落後に徳川の城になりました。武田信玄が攻めきれなかった高天神城を、子の勝頼が落として名を上げましたが、その後徳川は補給路にある城を悉く攻略し、兵糧攻めにて高天神を奪還します。そしてこの2回目の戦いに援軍を出せなかった勝頼はその名声を失うこととなったのです。
山自体は高くないのですが、木の根が浮き出た段差の違う階段状の曲がりくねった急坂が続きます。天神社の横の馬場平は遠州灘が見える展望台になっていて、その端には、行った者は必ず後悔するという横田甚五郎の抜け道が。どこまで続いているのか不明なので、行く際には万全の準備を。そんなわけで高天神は中世の山の砦感を満喫できる城でした。御城印は掛川駅南口構内の観光協会ビジターセンターで入手できます(訂正しました)。スタンプは大東北公民館で入手できます。城入口に周辺案内の印刷物が置いてあります。
高天神最中
鈴木屋菓子店 静岡県掛川市高瀬2017 0537-74-2053 月曜定休 1個105円
大東北公民館沿いの38号を北に行って右カーブした先の小貫の信号の手前です。高齢の夫婦がやっていて、近所の方がおでんを買いに行くような店です。留守だったり、最中が無い時もあるようですが、電話をすれば用意しておいてくれます。